
「死にたい。」「生きるのがつらい。」「何のために生きているのかわからない。」そんな言葉が、ほろっとこぼれてしまうときがある。
自殺したいほどの強い意志さえ湧いてこない。生きている実感だけが消えていく。暗い海を漂うクラゲみたいに、どこにも掴まれず、ただ流されていく…
37年弱の人生の中で、私にも何度かそんなことがありました。ほんの数年前には、こんな命どうとでもなれと、危うい場所まで行ったこともあります。でも、何度も”闇”を繰り返すうちに、私はあることに気づきました。
「いち早く”闇”を抜けるには、感情よりも先に、仕組みを理解した方が早い」
だから今日は、綺麗事は言いません。「大丈夫」とも言いません。寄り添いもしません。ただ、”闇”をお先に切り抜けた者として、そっと一筋の足跡を残していきます。一人で立ち往生している誰かの、新しい選択肢になれるかも知れません。

私たちは勘違いをしている
そもそも、「生きる意味」なんてあるのでしょうか?自分探しの先に、「自分」はあるのでしょうか?私たちは、出だしから間違えたのかもしれません。
ありもしない生きる意味
地球上に数多いる生き物の中で、生きる意味なんてことを考えているのは、おそらく人間だけでしょう。
生きる意味なんてものを考え始めると、人は必ず迷子になります。なぜなら、生きる意味なんてものは、はなから存在しないからです。生きる意味とは何なのか、人はなぜ生きるのか、そんな漠然とした問いを、遥か昔から多くの賢者たちが考え続けてきました。2026年、残念ながら、未だこれだという結論には至っていません。
ほとんどの生き物は、「食べること」「繁殖すること」「今日を生き抜くこと」にフォーカスして生きています。本来、生きるとは、生命の循環の輪に存在し続けることにすぎないのではないでしょうか。
見つからない自分探し
よく若い人にありがちですよね、自分探しの旅。でも、私が思うに、自分なんてものはないと思います。
人は一瞬一瞬、絶えず変容していく。様々な刺激を受けて、好きなものも、嫌いなものも、知識も、価値観も、何もかもが変容していきます。私たちの「意識」や「自我」と呼ばれるものは、まるでスライムみたいに、ぐにゃぐにゃ形を変えながら生きているんです。
「私は何者か」「私はどう生きるべきか」そんな問いに答えが出ないのは当たり前。むしろ、答えなんて出しちゃいけない。「自分」なんて型にはめて、あなたの可能性を潰しちゃいけない。
自分がわかりきっている人なんて、いないですよ。わかった気がするのは、年齢とともに趣味嗜好も凝り固まって、形が定まってきたということだけです。
だから、「自分」なんてありもしないものを探すのはやめて、変容し続ける自由な様を楽しんでみてはいかがでしょうか。

人はなぜ悩み苦しむのか
ではなぜ、人間はこんなにも悩み、不安を感じては苦しみ、感情に振り回されて生きているのでしょう?
人間の大きな特徴、大脳皮質
人間は、他の生き物よりも大きな大脳皮質を持っています。この大脳皮質の大きさこそが、人間を人間たらしめる大きな特徴です。大脳皮質の発達により、論理的思考・言語・創造性・高度な認知機能を持ち、未来をまるで映画のように想像できるようになりました。
でもそれは同時に、まだ起きてもいない未来に怯え、傷を負った過去を繰り返し再生し、ありもしない「生きる意味」に囚われる性質も持っています。
人間が生きることに苦しむのは、心が弱いからではなく、”想像できすぎる脳”を持ってしまったからなのかもしれません。
死にたくなるのは、脳のせいかも
死にたいと思うのは、心や人格の問題ではなく、脳の働きが弱っているだけかも知れません。
他の臓器と同じように、脳だって病気になります。不調が起こります。誰かが病気になった時に、責めたりしませんよね?あなたの脳に不調が起こっているからといって、誰もあなたを責めることはできません。あなた自身も、あなたを責めることはできません。まずは回復のために、できることから小さく始めたらいいと思います。
あなたが前向きになれなかったり、動き出せないのは、脳から分泌されるはずのホルモンが枯れていることが原因かも知れません。電気信号で動いている身体の、充電が切れているだけかも知れません。
心の問題だなんて曖昧なことを言わずに、まずは身体をチェックすることが回復への明確な第一歩です。
人はホルモンに支配されて生きている
人は、意識や自我や理性で生きているようで、実際はホルモンによって全ての意思決定が影響を受け、人生を左右されています。人間は、ホルモンを出して、喜びを感じたい。それが人間の欲望の正体です。
ドーパミンが出れば、達成感を感じ、未来が明るく見える。
アドレナリンが出れば、やる気がみなぎり、人生を切り拓いてゆける。
セロトニンが出れば、心が満たされ、安心感に包まれる。
オキシトシンが出れば、ほかの生命と繋がりを感じ、愛情を感じる。
逆に言えば、ホルモン分泌の働きが弱まると、死にたい気持ちが強くなることがあります。
生きる意味があるとすれば、それはホルモンでしょう。ですが、「ホルモンを分泌させて生きるぞ!」なんて、聞いたことありませんよね。人生を大きく左右しているホルモンさえも、生きる意味には成りえず、単なる脳のシステムに過ぎないのです。
あなたが今、死にたいと感じているのならば、ホルモンや脳内物質のバランスが崩れている可能性は、十分にあり得ると思います。もしそうであれば、その「死にたい」は感情ではなく、「症状」として現れているのかも知れません。

遥か昔から研究され続けてきた、人の苦しみと解放
人類は、昔から同じように悩み、同じように恐れ、同じように苦しんできました。悩みの内容は時代によって違っても、「苦しみそのもの」はずっと人間の共通課題だったはずです。
そして人は、その苦しみからどうにか解放されるために、世界各地で賢者の知恵を積み上げてきました。それが形を成したものが宗教であり、本来は「人間を救うための研究」的な役割を持っていたのだと思います。
出家とは、一度死んで生まれ変わること
私たち日本人にとって身近な宗教といえば、仏教ですね。仏の道へと出家するときには、世俗・自分・欲など、様々な執着や固定概念を捨て、新しく生まれ変わらなければいけません。また、どの宗派にも共通するお坊さんの戒律をみていくと、面白いことがわかります。
- 生き物を殺さない
- 盗まない
- 性交渉をしない
- 嘘をつかない
- 酒を飲まない
- 化粧や香水、装飾品で着飾らない
- 歌や音楽、踊りを鑑賞しない
- 大きく立派なベッドで寝ない
- 正午以降に食事をしない
- お金や金銀財宝を所有しない
これらは、表面上は道徳のルールに見えます。でも実態は、刺激や欲望から距離を置き、脳の報酬系が過剰に分泌しないようにする生活設計というふうに考えることもできます。
ドーパミン・ノルアドレナリン・オレキシンといった脳内物質の暴走が押さえられ、セロトニン的な安定に寄っていく。オキシトシンも「慈悲」には使われるけど、「執着」には発展しにくい形で扱われているように見えます。
そして、面白いことに、この状態は死にたいあなたと似ています。
報酬系ホルモンを出さない修行僧。
報酬系ホルモンを出せないあなた。
欲望を抑える理性が必要ない分、死にたいあなたのほうが、修行僧の入り口に立てているのかも?そして、人の苦しみを経験したあなたは、いつか誰かを救うことができるかも知れませんね。
修行僧は、ドーパミンを断つ代わりに、セロトニンやオキシトシンを増やす方法を知っています。規律を持ち、生活を整え、呼吸を正し、共同体の中で生きる。それは、最小限の生き方。出家とは、「一度死んで生まれ変わる」ための脳の再教育なのです。

私たちは、古い知恵と最新医療の二刀流ができる
そして私たちが持っているのは、古い知恵だけではありません。現代には医療があります。
精神科や心療内科は、心を矯正される場所ではなく、脳という臓器の不具合を整えるところです。胃が痛ければ消化器内科に行く。不整脈なら循環器内科に行く。それと同じように、脳に不具合があるなら精神科に行くことをおすすめします。
あなたの心や性格に問題はありません。努力の必要もありません。もしも、原因が脳の不具合だと診断されれば、専門医の指示に従って、治療を進めることができます。
そして、一つ伝えておきたいことは、精神薬の扱いについてです。精神薬は脳内物質に関わる薬なので、自己判断で増減したり急にやめたりしないでください。薬を増やしたい時や、やめたい時は、必ず医師と相談して計画的に行いましょう。
まとめ:今日を生きる、新しい選択肢
生きるとは、生命の循環の輪に存在し続けること。ただそれだけだと、私は思っています。
生きる意味だとか、幸せになるためだとか、誰かの役に立つだとか、それは全部オプションです。余裕を持て余している人は、どんどんやったらいいと思います。
今いる”闇”から切り抜けるために、まず押さえておきたいのはこの3つ。
それができているだけで、十分立派に生きていると言えます。
暴走する思考を落ち着かせ、「今・ここ・自分」に戻ってくる。今できることを、ここでできることを、自分にできることをやる。小さく生きる。
生きるって、本来、そういうことだと私は思います。
今あなたが”闇”の中にいて、その闇が永遠に続くように感じても、少しづつ光が差し込んでくることがあります。その日まで、「今・ここ・自分」で小さく生き抜いてみてください。



この記事は、医学的診断を行うものではなく、体験と視点の共有です。
もし今すぐ危険を感じるほど追い詰められているなら、一人で抱えず、医療機関や緊急窓口を頼ってください。